2011年08月30日

被災地ライブ後記

26日から3泊4日でライブしてまいりました。

まずはこの機会があったことに感謝。

先月SOINJAの鈴木豪志が別ユニットにて避難所ライブをした流れで、今回の話を頂きました。

かなりの覚悟をしていた当初でしたが、話が大きくなり スポンサーからの出資も増え 芸能人の方々の参加、毎日花火を打ち上げ〜と
お祭りの様相になりました。移動も東京からバスが用意され、音響スタッフも同行する〜

先月たかしが行った内容は「避難所をまわり音響も楽器も運転も全て自分でやる」「現地集合現地解散」でしたので、相応の覚悟をしていました。
受け入れない人も居るだろうし、逆に目前で涙する人も居るだろうし、こもごもの感情の中ちゃんと演奏出来るのか?
しっかり頑張れ 自分! と 思っていたのでしたが、、、、、そんな感じではなくなり「あれ?」と力が抜けた僕でした。
 
それぞれの方々の思惑もあり、我々は我々らしく参加するしかない。

26日の早朝5:30に銀座を出発
SN3D0191.jpg まだ静かな銀座です。

今回のイベントを主催し、各方面に声掛けし段取りを取ったのは化粧品会社のステファニーさん
現地で忙しく動いているのも化粧品会社の方々。 そう イベントのプロは居なかったのです。
準備 移動 もろもろ その日にならないとスケジュールも判らず、食事は自分でなんとかするのか弁当があるのか、
初日の昼、弁当が支給され「おお ありがたい事だ、、、」と思ったら、 晩ご飯は無かった。
 もちろん好んで参加している訳ですから 「自活するのは当たり前」 で 良いのですが、弁当が出たり無かったり、
「弁当が無駄になるのはもったいないし、自活するなら食料を確保しとかないといけないし、、」

しかし、スタッフさんの仕事量は限界を越えており インフォメーションが行き届かないのは当たり前だと思いました。

これは 仕方ないです。 誰も責められない。 

一日目は宮城県東松島市 前は海 途中何も無くなった海岸沿いを進みお祭り会場へ

町の規模から言えば大勢の方々が来られ 楽しんでおられた様子。 それで良いと思いました。

近距離で打ち上がった花火は圧巻で燃えかすを避けながらというのは生まれて初めてだったかも、、

仙台の宿に着いてコンビニで晩ご飯を摂って12時をまわり、明日に備え睡眠。
ふとテレビを見たら アナログ放送、、、「あ〜 そうか そうだった。延長しているんだよね」と納得したSOINJA二人。

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移動する東北道にはまだ自衛隊の方々もみうけられます。お疲れさまです。

さて2日目は福島に移動し、ステージ設営も手伝ったSOINJA二人。

向かったのは西白河郡矢吹町。 駅前広場がステージになったので、コンクリートにパンチカーペットを敷く所から〜
これを敷かないとテントが組めない。 PAがセット出来ない。 イコール リハーサルが遅れる。 結果 持ち時間少なくなる。

手伝うのは当然の流れです。

強力両面テープでコンクリートにカーペットを貼って行く。 同じ色のカーペットが揃っていないので、茶とグレーのストライプになりました。90センチ幅のロール3流れ目か だんだん貼るのも上手くなり。5流れ目でテープも無駄にせず完成。
その後 テントを組み立てる。
テント係のおふたり 僕はてっきり現地の業者さんと思い込んでいたら こりゃまた化粧品会社の方。
聞けば「レンタル屋がテントを持って来て組み立て方も教えてもらえず、設計図もなく、接合部分も曲がっていたりして初日は本当に参りました」だって。 そりゃ遅れるはずだ〜 実は電源も レンタル屋さんが置いて帰ってしまい。オペレーターも居なかった。
東京から来ている音響の方が説明書を読みつつ苦労していたっけ、、

てな訳で SOINJAもテント組み立て〜 これが運動会とか町内会でよく見るタイプではなく、かなりゴツい物でしたので、何カ所もボルトで締めて筋交いのような補強を入れて幌を被せ、やっと出来るものでした。ん〜〜む。 大道具ではバイト経験なかった俺 残念。

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人口1万ほどの町 賑わいました。

恒例のエンディング花火が少し遠かったのは残念だったけど、市街地故しょうがない。

SN3D0200.jpg イベント終了後 郡山へ向かう出演者(この女性はチンドン屋さん)メイクも衣装もまんまです。
ご苦労様でした。ちんどん東屋さん3名はステージ演奏ではなく避難所に迎えに行くバスに乗り込み 各所でお知らせ演奏、そして行きたいけど行けない人の為に生演奏をして帰って来るという素晴らしい動きをされてました。 俺も行きたかったぜ〜

3日目は岩手に向かいました。 朝6時出発。
行き先は九戸郡野田村 僕は千葉県の野田市 野田村は塩の産地だったそうで、野田は醤油。
なにやら御縁を感じつつ、、、
この場所では既にお祭りが開催されており、最終日に我々が合体した感じです。110828-170540.jpg
津波が到達した際に消防署と役場があり、壊れた消防署一階部分の向こうは何もありません。隣接する学習センターも外壁は所々なく、引き取り手の無い写真が並んでいました。

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地元からデヴューするアイドル?の子たちとか よさこいのパフォーマンスとかがあって、午後4時から我々のステージ。
トップにSOINJA この日はパーカッションバトルに始まり、恋のバカンス(ニューオリンズ風) 亡くなった方に鎮魂をこめて篠笛2本の「帰り道」ラストはまた二人で叩き、締めました。

写真は中国の京胡奏者ウーさん 自分たちの写真は無く 誰かに頼む余裕もなく、 御了承下さい。

110828-192102.jpg 魂を送る灯籠に火が灯り、村人の盆踊りへ

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鹿革を貼った太鼓の両面を叩くスタイルは「鹿踊」に近く。岩手だなあ〜〜と  パーカッショニストとしては
14拍子らしいリズムパターンに感心したり、裏拍で浮遊するステップに優雅さを感じたりと、、、、
東北は深い。

被災地の方々の傷は個人差もあり、場所にも差が大きいと思われますが、傷がない家の向こうが何も無い〜という津波特有のありさまに驚くばかりでした。

29日 9時間ほど走り東京に戻って来ても少し異次元に居るようで、一晩寝て今日 まだ気持ちが戻らない自分が居ます。


原発はまだ心配のまま  車中政治家のニュースを聞き 「はやく とっとと しっかりやってもらいたい」と切に願う僕でした。


posted by たいこまん at 15:50 | 日記

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